前回の記事では、 仮定(A8)(短波長近似)のもとで、媒質の空間分布が屈折率 $n$ として与えられたとき、 電場 $\bm{E}$ と磁場 $\bm{H}$ の伝搬は波動方程式
$$ \left(\nabla^2-\frac{1}{v^2(\bm{x})}\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\bm{E}(\bm{x},t) = 0,\quad \left(\nabla^2-\frac{1}{v^2(\bm{x})}\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\bm{H}(\bm{x},t) = 0 \tag{2.1} $$に従うことを確かめました。
このとき、媒質中の電磁波の位相速度 $v$ と屈折率 $n$ の関係は
$$ n(\bm{x})=\frac{c}{v(\bm{x})} \tag{2.2} $$です。 また仮定(A7)(損失なし) より屈折率は正の実数とします。
この記事では、電磁波に対して幾何光学近似を取ることで光線の概念を導き、 Hamilton 形式による光線の記述を行います。
いま媒質は等方かつ非磁性で、短波長近似を仮定していることから、偏光の各成分が混ざらないとします。 このとき電場 $\bm{E}$、磁場 $\bm{H}$ の各成分は式 (2.1) と同じ型の方程式に従います。 そこで、スカラー場 \(\psi(\bm{x},t)\) を用いて
$$ \left(\nabla^2-\frac{1}{v^2(\bm{x})}\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\psi(\bm{x},t)=0 \tag{2.3} $$と書きます。
波動方程式 (2.3) の単純な解のひとつは、媒質が均一なときに得られる単色の平面波です:
$$ \psi(\bm{x},t)=\Re\left[\psi_0\,e^{i(\bm{k}\cdot\bm{x}-\omega t)}\right] \tag{2.4} $$これを (2.3) に代入すると
$$ \omega = v|\bm{k}| $$が得られます。 いま真空中の波数を \(k_0=\omega/c\) と書き、式 (2.2) を使うと、 媒質中で \(|\bm{k}|=n k_0\) という関係も得られます。
いま、時間変化しない媒質を仮定していることから、 角周波数 $\omega$ の単色波を考えて時間依存部分 $e^{-i\omega t}$ を分離し、解を
$$ \psi(\bm{x},t)=\Re\left\{\phi(\bm{x})e^{-i\omega t}\right\} $$と書きます。すると $\phi$ に対して Helmholtz 方程式
$$ \left(\nabla^2 + k^2_0\,n^2(\bm{x})\right)\phi(\bm{x}) = 0 \tag{2.5} $$が得られます。
仮定 (A8)(短波長近似) に基づき、ゆっくり変化する振幅 $A(\bm{x})$ と細かく変化する位相 $\Phi(\bm{x})$ を用いて、解を
$$ \phi(\bm{x}) = A(\bm{x})e^{i\Phi(\bm{x})} \tag{2.6} $$と書きます。$\bm{x}_0$ の近傍で $A(\bm{x})\simeq A(\bm{x}_0)$、 $\Phi(\bm{x})\simeq\Phi(\bm{x}_0) + \nabla\Phi(\bm{x}_0)\cdot(\bm{x}-\bm{x}_0)$ と近似すると
$$ \begin{align*} \phi(\bm{x}) \simeq A(\bm{x}_0)e^{i\Phi(\bm{x}_0)}e^{i\nabla\Phi(\bm{x}_0)\cdot(\bm{x}-\bm{x}_0)} = C e^{i\nabla\Phi(\bm{x}_0)\cdot\bm{x}} \quad (C=\textrm{const.}) \end{align*} $$となり、これは $\bm{x}_0$ の近傍で
$$ \bm{k}(\bm{x})=\nabla\Phi(\bm{x}) $$という波数をもつ局所平面波とみなせます。 上式に分散関係 $|\bm{k}|=k_0 n(\bm{x})$ を使うと
$$ |\nabla\Phi(\bm{x})|^2 = k_0^2\,n^2(\bm{x}) $$となり \(\Phi(\bm{x})=k_0 S(\bm{x})\) とおけば
$$ |\nabla S(\bm{x})|^2 = n^2(\bm{x}) \tag{2.7} $$が得られます。この式は Eikonal 方程式、$S$ は Eikonal と呼ばれています。 なおこの記事では、仮定(A7)(損失なし)より屈折率 $n$ が実数のみとしているので、 Eikonal 方程式は
$$ |\nabla S(\bm{x})| = n(\bm{x}) \tag{2.8} $$と同じです。
式 (2.8) の Eikonal $S$ は局所平面波の位相を表しており、 $S$ が一定値の面は位相が等しい波面、すなわち等位相面を表します。 その勾配 $\nabla S$ は等位相面の法線方向を与えることから、 波面に直交して進む曲線を光線と呼びます。
ここで、光線方向を
$$ \Omega(\bm{x}):=\frac{\nabla S(\bm{x})}{|\nabla S(\bm{x})|} \tag{2.9} $$と書き、光線の経路を弧長 $s$ で表せば、光線は方向 $\Omega$ に関する曲線として
$$ \frac{d\bm{x}}{ds} = \Omega(\bm{x}(s)) \tag{2.10} $$と表せます。 式 (2.8) (2.9) (2.10) から光線に沿った位相の増分は
$$ \nabla S\cdot d\bm{x} = n\,ds $$となり、これを積分すると
$$ S(\bm{x}(s))-S(\bm{x}(0))=\int^s_0 n\left(\bm{x}(s')\right)ds' $$であることから、$S$ は弧長 $s$ に屈折率 $n$ を掛けた量である、光路長になっていることがわかります。
後に光線と媒質の衝突を考える準備として、Eikonal 方程式を Hamilton 形式で書き直します。 運動量を
$$ \bm{p}(\bm{x}) := \nabla S(\bm{x}) $$と定義すると Eikonal 方程式 (2.7) は
$$ H(\bm{x},\bm{p})=0 \tag{2.11} $$ $$ H(\bm{x},\bm{p}):=\frac{1}{2}\left(|\bm{p}|^2-n^2(\bm{x})\right) \tag{2.12} $$と書けます。 式 (2.11) は、(2.12) を Hamiltonian とする Hamilton-Jacobi 方程式です。 この方程式は特性曲線法で解けることが知られています。 すなわち、$\tau$ をパラメータとする特性曲線 $(\bm{x}(\tau),\bm{p}(\tau))$ は 以下の Hamilton 方程式に従います
$$ \frac{d\bm{x}}{d\tau} = \frac{\partial H}{\partial\bm{p}},\quad \frac{d\bm{p}}{d\tau} =-\frac{\partial H}{\partial\bm{x}} \tag{2.13} $$Hamilton 方程式で光線の経路を求める具体例を挙げておきます。 光線の Hamiltonian (2.12) に対して、Hamilton 方程式は以下のように得られます
$$ \frac{d\bm{x}}{d\tau} = \frac{\partial H}{\partial\bm{p}}=\bm{p},\quad \frac{d\bm{p}}{d\tau} =-\frac{\partial H}{\partial\bm{x}} = \frac{1}{2}\nabla n^2(\bm{x}) $$媒介変数 $\tau$ の代わりに弧長 $s$ を使い、制約 $|\bm{p}|=n(\bm{x})$ の元で Hamilton 方程式を書くと、
$$ \frac{d\bm{p}}{ds}=\nabla n(\bm{x}),\quad \frac{d\bm{x}}{ds}=\frac{\bm{p}}{n(\bm{x})} $$が得られます。 これは、[Pediredla et al. 2020] で光線の経路を求めるのに用いられる Hamilton 方程式です。
この記事では電磁波の波動方程式 (2.1) から出発し、単色波に対して Helmholtz 方程式 (2.5) を導き、 短波長近似により Eikonal 方程式 (2.7) を得て光線の概念を導きました。 そして、Eikonal 方程式と等価な Hamilton-Jacobi 方程式 (2.11) から、 ひとつの光線の状態は位置 $\bm{x}$ と運動量 $\bm{p}$、そして Hamilton 方程式 (2.13)で記述されることを確かめました。
続き: 光線と放射輝度
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